68.草津宿 (滋賀県草津市) JR琵琶湖線草津駅より徒歩3分
草津宿町並み F4
草津宿に僅かに残る古い町並みです。右のそば屋は旧脇本陣跡です。前方左側に旧本陣もそのまま残っていました。前方に小さく見えるトンネルの上は草津川という天井川(道路より高いところを流れる川)です。トンネルの上に上がって見ましたが水は流れていませんでした。トンネルのすぐ手前が旧東海道との追分で、向かって右側に道標の常夜灯がありました。
69.大津宿(滋賀県大津市) JR琵琶湖線大津駅より徒歩5分
瀬田の唐橋 F4
草津宿と大津宿の中間にある「瀬田の唐橋」です。草津から京都三条大橋までの旧街道は地元では東海道というほうが通りが良いそうですが、中山道69次には草津、大津も含むためここでは中山道とします。琵琶湖から流れ出す瀬田川に架かる「瀬田の唐橋」は日本書紀にも登場するというほど古い橋です。戦乱の度に壊され、再建を繰り返してきたのだそうです。上は草津側からの眺めですがこの橋を渡るともう一つ小さな橋がありました。
坂本 F4
坂本駅に近い作り道?で見つけた商家の古い土蔵です。剥がれた漆喰壁は好きなモチーフですが、屋根の線の組み合わせも面白いなと思いました。軒下には盛りを過ぎた花の重さで今にも倒れそうな向日葵もありました。(大津宿に近い坂本は大津札の辻で分かれる北国街道ですが、中山道の町並みに見るべきものが無かったため大津宿に含めました。)
三条大橋 (京都市中京区) 京阪電鉄三条駅より徒歩1分
三条大橋 F4
現在の三条大橋は1950年(昭和25年)に架け替えられコンクリート製です。このあたりはかつて「三条河原」と言われる処刑場だったそうです。「三条河原」で処刑されたり、晒し首になった人は数知れず、中でも有名なのは豊臣秀次とその妻子侍女など39名?、石田三成、近藤勇もここで晒し首にされたそうです。現在の三条大橋は交通の要衝として終日賑わっており、鴨川の流れはあくまでも清らかです。
三条大橋を望む F6
四条大橋から見た鴨川上流と三条大橋の眺めです。京都市街を貫通する鴨川の流れがこんなにも綺麗だとは!というのが私の第一印象です。この日の目的は三条大橋でした。江戸日本橋を起点とする旧中山道の終点です。3年前にスタートした中山道宿場巡りもこれでようやく終了です。夢にまで見た三条大橋を東西両サイドから上から下からたっぷり観察してきました。先斗町通りを抜けてここ四条大橋まで来ましたが、川辺に並ぶ2階・3階建ての家屋群は先斗町茶屋街の裏の顔です。表の顔もまた大変魅力的でした。
八坂の塔 F5
東大路通り側の八坂道から見た八坂の塔(法観寺)です。もう少し坂を上れば、道の両側が旧い民家になり風情は増しますが、東山が視界から消え、塔の屋根も重なってしまいます。中山道を描く旅の終点京都で三条大橋の他に何を描くかを考えた時、最初に頭に浮かんだのが八坂の塔でした。昔も今も八坂の塔は京の町のランドマークですから。
二年坂 F5
京都では夙に名高いスケッチポイント。二年坂・三年坂(産寧坂)の二年坂です。風情ある石畳の坂道、緩やかな階段。旧い町屋街とこんもりとした木立。非常に贅沢な構図です。京都は紅葉にはまだ早い時期でしたが、このあたりは大勢の人で賑わっていました。10年ほど前、階段の上からの二年坂を描いたことがあります。ここでスケッチする度胸はないので今度も写真に頼りましたが、電柱がなくなった他は余り変わっていないように見受けました。この後八坂の塔を見たかったので、前方の階段を上がってから八坂道を下りました。今回は三年坂や清水坂へ行けなかったのが心残りです。
先斗町通り F3
三条大橋を見てから先斗町通りを抜けて四条通りへ。先斗町通りは高瀬川沿いの木屋町通りと鴨川の間にある細い路地です。有名な花街ですが、二階の窓に簾のかかる町屋が軒を連ねています。間口は狭いが奥行きは深いようです。夏には鴨川縁に特設の川床を出す店も多いそうです。墨字の提灯や看板、犬矢来、どことなく上品で京都らしいなと感じました。提灯に灯のともる頃も見たいなと思いました。
祇園巽橋 F3
四条大橋から鴨川上流の三条大橋を遠望した後、四条通りから花見小路を北に上がり、祇園新橋通りの茶屋街や古門前通り(骨董品店街)を散策しました。上は巽橋の茶屋街です。前方に見えるのが白川にかかる巽橋です。逆方向から橋を主体に描きたかったのですが、大きく茂った木立が町屋を隠してしまっていました。祇園の重要伝統的建造物群保存地区です。
祇園の路地 F3
新橋通りなどを見た翌日再び祇園を訪ね、前日行けなかった一力亭から南の茶屋街を散策しました。上は花見小路の一つ東の路地です。弥栄会館の屋根が見えます。このあたりは茶屋街が縦横に連なる祇園の中核部のようです。建物は皆小綺麗で端正な印象の町並みでした。