早春の大内宿町並み(福島県南会津郡下郷町)

 先日、娘家族と一緒に南会津の湯野上温泉へ行ってきました。湯野上温泉に近い大内宿へは私は2度目ですが、娘や孫たちは初めてでした。道の両側に茅葺屋根の民家(土産物店やそば屋)がずらっと並ぶ景観に大変驚いた様子でした。

 大内宿は下野街道(会津若松と日光今市を結ぶ脇往還)の宿場でした。明治時代になってから多くの宿場がその役割を終え、否応なく変貌していく中、大内宿は往時の姿をそのままの形で今に伝えています。これには住民の並々ならぬ苦難の歴史と相沢つぐ男氏(つぐは音へんに召)の説得によるところが大きかったそうです。昭和42年、この地を調査のために訪れた相沢氏(当時は武蔵野美術大学建築学科の学生23歳、後に同大学教授)は大内宿の美しい佇まいに魅了され、その後の半生を大内宿の保存に尽力することになります。「美しいと感じた村の暮らしは、つきつめれば力弱き人々が助け合う姿の中にその源泉があった。美しいものは貧乏したから残ったのではない。共に助け合って生きる中で、村の生活文化が継承され、結果として宿場が残ったのだ。その美しさの源泉を枯らすことなく、村の暮らしのすべてを未来に残したかった。」と後に彼の著作「瞬間の遺産一」の中で述べています。

 そのような先人の苦労を知る由もない孫たちは店先に並ぶ土産物が珍しいのか、一軒一軒立ち寄っては眺めていくため、次の予定が大幅に遅れていまいました。なお3年前でしたか初めて湯野上温泉と大内宿を訪れた時に描いた駄作はこちらです。